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本、人形、素体

日本の人形の歴史と扱いについて『図説 日本の人形史』『人形歳時記』『日本人形史』

最近の人形×読書の成果報告です。

全て人形の吉徳(人形メーカー)に関連した本です。

図説 日本の人形史

図説 日本の人形史

  • メディア: 大型本
 

浮世絵や人形の吉徳に残る資料で観る日本の人形の歴史。

図版が中心ですが、人形に注目して浮世絵を集めているって意外と見掛けないので新鮮。人形問屋間の季節品で著者(11代目山田徳兵衛)の父が研究もされていたので羽子板の項目あり。

 

紙の人形なんか出てくると、「人形って立体だと勝手に思っていたけど、人の形って括りなんだな…」と思うなどした。

戦前のデパートの様子や竹久夢二の話、人形使節も付言されていて、ニューヨーク市長からお使いでやって来た等身大の人形ミスター&ミセスアメリカに対して日本も等身大の少年少女の人形・富士男と桜子を作ったのは初めて知りました。

 

あと戦前は吉徳協力の人形病院なるものがあり、退院の際は原則は引取だったとのこと。解説で「お迎え」という言葉が使われていたけど、これは普通にお出迎えの意味だね。他の図版で人形の販売や購入の様子の物を見返しても「(買い)求める」という表現でした。

他には戦争中の話で、フランス人形がトヨサカ人形という名前に変えられたり、人形に使う生麩糊(桐塑を練るのに使用)が入手困難で手に入れても食べてしまったという話題が気になった。

 

人形の吉徳資料室長による季節ごとに語る人形、時々昭和初期の浅草橋。

戦前に国防色が強い銃後人形なるものを売り出すも売れなかった事を振り返って「人形は夢を買うもの」と書いているのが印象に残った。リアルでなくてもいい、買うことができる夢なのだ。

人形が美術の世界に入るようになった話が一番興味深い。昭和2年の答礼人形の作成がきっかけとなった人形芸術運動があって、昭和11年に帝展入選、戦後人間国宝も出て来て…あたりかな。大規模な人形の美術展では昭和61年に近代美術館の工芸館での展示について触れられているけど、工芸かー。

この本自体は平成8年(1996年)に出ている。工芸ではなくもっと美術よりだと2004年の東京都現代美術館での球体関節人形展かな。それを思うと私が好きな人形は現代アートコンテンポラリーアートのあたりかなーと思うなどした。

 

吉徳の山田徳兵衛による日本の人形の歴史。昭和17年に刊行されたものに補足した昭和36年発行の本が元になっていて、一番力が入っている&頁が割かれているのは雛人形について。人形芸術運動の表記はないものの、それっぽい話はある。ちなみに青い目の人形関係の記載はなし。

ボリュームある内容を読みながら、相対的に自分が興味がある人形というのは人形の中でもかなり狭い所にあるんだな…と痛感するなどした。
私は動かせる、髪の毛がフワフワしている(素材にメリハリがある)などの要素が好きなのだけど、そういった人形は市松や昭和初期のあずま人形が近いのかなと。

 

もう少し私が好きな人形に近いのは関東大震災以降にフランス人形作りが東京の女学生の間で流行ったこと、後に婦人たちの間で新しい日本人形の創作が始まった…というあたりかな。この辺は竹久夢二も関わったそうだけど、竹久夢二は人形に興味があったぐらいしか書いていなかった。

意外と中原淳一に関する記述がないんだよねぇ(人形、作ってたよね?)。
あと、人形の専門家は男性が多く、アマチュアは女性が多いというのも、人形なるものが芸術か工芸かそれとも現代アートなのか評価が分かれる部分なのかな。

ただ人形作家の一部の芸術的意欲と作品は彫塑作品に近付いて来ているとのこと。そのことを「人形的なかわいらしさはぬぐい去られようとしている」と書かれている。彫塑と人形の線引きとして明確なことは著者は書いていない。

先に『人形歳時記』で「人形は夢を買う物」とあるので、愛せる要素が大切だったり、人形的なかわいらしさとあるので「かわいらしさ」はやはり要素として大切かなと。

 

人形とは…な話が中心になったけど、著者は「私が人形についてうっかりしたことを言うと、それがそのまま定説となってしまうことがある。よほど慎重にしないと、後世史家を誤らしむる結果になるよ」とはにかんだように語っていたとのこと。

影響力はあるけど、云っていることはそんなに正しくなかったり、変な事を書いて出版している人たちはこの言葉を聞いて反省して欲しさしか無い。本当に。