腰を据えて長編を読みました。
読了。
天正少年使節について…のはずが、上巻は日本におけるキリスト教の布教の歴史が大半。
下巻にて使節はついにローマに辿り着き、本来の目的を果たして帰国するも、少年(もう青年になっていたけど)たちを過酷な運命が待ち受けるのです。
室町時代の一般日本人たち
神父たちが相手にしていたのは主に庶民なのだけど、その中で日本によこしてほしい神父像というのが出てくる。端的に望まれたのは「天体・宇宙・気象について詳しい人」。
理由は、当時の日本人たちが神父さん相手に子ども科学電話相談的な質問を浴びせていたので、結果「日本人、好奇心旺盛だから、天体・宇宙・気象について詳しい人、よろしく頼む…」となったというもの。
他にも当時の神父たちがみた日本の姿の話が面白く、日本人の三大悪習は「偶像崇拝、男色、間引き」とのこと。「この平たい顔族はそれなりに文明があるのに、理解できない事をする…」みたいに思われていたんでしょうね。
もう少し「この異教徒の野蛮人め!」な視点ももちろんあって、ジョアン・ロドリゲス・ツーズによる日本人についての話で「神聖なものに対する帰依や崇拝を強く持ち、現世的な恵みを願うばかりでなく来世の救済もひたすら求めている」(要約)とあった。「5000兆円欲しい」と「来世で頑張る…」はこの頃からなんですね(大きく要約しすぎです)
魁!和洋折衷?
少年使節の少年たちが「シャツって良いもんだー。衛生的だし、防寒に優れている。着物と合わせたらもっと良いんじゃ無い?」という会話をしている場面が出てくる。
「そのファッションが流行るのは200年後だよ…書生スタイルだよ…」となりました。ちょっと流行を先取りしすぎですね。
翻訳の関係かな?話の中で「胸当て(袖のない胴着のようなもの)」というのが何をさすのかわからなかった。プルポワン(英語だとタブレット)かな?でも、袖あるしなぁ…何か別の本でわかることもあるかもしれないですね。
これは『愛のむきだし』である
肝心の天正少年使節の皆さんが出てくるのが上巻の最後の方…『愛のむきだし』かよ!となりました。あの映画、上映時間も長いんですけど、タイトル出てくるまでに1時間ぐらいかかるんですよね…。
そもそも執筆の切っ掛けが著者の「ミケランジェロについてわかっても自分は西洋美術を理解する東洋の女でしかない」という所から始まっている。
作中では「少年たちがルネサンス文化に触れた可能性を考えると胸熱」「秀吉のせいで女性たちが犠牲になっているんだよ!」(どちらも要約、超約)など、著者の萌えや情念が時々程よく溢れてくるので、そういう意味でも愛のむきだし!
そんな愛のむきだし上下巻1000頁もの旅の最後は最後が穴吊りの拷問での殉教で終わるのだけど、タイトルも生きてくるこのシーンは泣けてしまう。
ネットにて遠藤周作『沈黙』で、殉教して行く様子をみんなどうかしていると読書感想文に書いたら先生から助言を貰った話を前に読んだけど、この本を読むとちょっとだけ日本のキリシタンたちが殉教を選ぶ理由がわかったような気持ちになる。
お亡くなりになってしまうとはいえ人権を勝ち取る唯一の手段であったり、選択肢がない中で選びとった大切なもの…という部分もあったんだろうね…と私は解釈している。
中高生の時のテスト問題に出て来た文章で「踏み絵をしても心の中で信仰があれば踏んでも大丈夫!と思わない人が考案したんだろうし、効率よく炙り出せた」って内容のものがあったけど、余りにも当時の人間の感覚への説明がないよな…と20年ほどの時を経て思うなどしました。