衛生ゴアグラインド

人形を愛で、本を読み、肉を食べる

獣っぽい衣装が好きなフレンズ『角笛の音の響くとき』

日本で翻訳されてる本は読み終えちゃった…。

 読了。

第二次大戦でドイツが勝った後の世界に迷い込んだイギリス人の話。

翻訳者のあとがきでは「人間精神の奥底にひそむ不可知の部分、ほんのちょっとしたきっかけで狂気の世界にのめりこんでいきかねない恐ろしさを書くことにあったと思います」とあるものの、『人形つくり』でこのサーバンがフェティッシュな趣味をお持ちの悩める変態だという事がわかっているので、やっぱり変態っぽさが光る部分が気になる。

今回の一押しは人間狩りのシーンでは男女敵味方問わずフェティッシュけものフレンズな衣装を着せられて狩りに参加するというもの。

フェティッシュけものフレンズたちについてはちょっと引用してみます。

まずは猟犬男。

彼らの頭にはアビシニアあたりで見かける犬に似た狒々の精巧なマスクがかぶせられ、唇は本物そっくりにめくれあがって大きな歯をむきだしにしていた。灰色と黄褐色のいりまじったつややか毛のマントが肩と背中を覆い、腰のあたりまで垂れ下がっている。それから下は手にある紐がつながれた幅の狭い腰のベルトを除けば完全に裸だった。

そして鳥女

人間にはちがいないが、とてつもなく異様な格好をしている。(中略)それはすらりと背が高く、脚の長い女で、顔は極彩色の鳥の面で隠されているにもかかわらず、長い黒髪がそこからこぼれ落ちて後ろになびいていた。彼女が空地に逃げこんでくるのを見ていると、まるで古代エジプトの鳥面の女神が突然永遠の眠りからさめて命がけで逃げ出したような唐突な感じを抱かせられた。光沢のある金と緋色の羽毛の肩当てが彼女の胸を覆い、両腕には栗色と真珠光を帯びた緑の翼がしばりつけられ、腰のうしろには長くそりかえった茶と金の尾羽がたれさがっていた。これらの羽根飾りと足の黄色い靴以外に、彼女は何一つ身に付けていなかった。

つづいて、猫女と云われる女たち。

チーターが後肢で走っているのだ、と一瞬ぼくは思った。(略)松明の光でなめらかに輝いている美しいまだらの毛皮は、実は帝国領内のすべての奴隷飼育場から念入りに運び出されたにちがいないと思われるほど、体つきといい年齢といい驚くほどよく似た一群の若い女たちの、背中と胸にかぶせられたものだった。

(略)成長の途中で悪魔的な技術と訓練によって、人間の女から、しなやかで身のこなしが軽く、危険きわまりない大猫に作り変えられた存在、それが彼女たちだった。

 猫女の描写は結構長いので、削って、削って冒頭だけ。他にも「ぴったりした毛皮の袖なしの上着が肩から、胸を肋骨の下あたりまで覆っている」「奇妙な鉤の形をした金属的な輝きをもつ手袋を両手にはめている」など細かいです。

 

他に森で出会った鳥女の仮面を外してやるシーンでは精巧な細工に感心したり、「ドイツ好みの完璧さ」と評したりしているので、この衣装が書きたかったのね、フェチフェチした衣装が好きなのか、へーと思えども、作者が真面目過ぎるのか変態の割には変態性が爆発することなく話は優等生なものの不完全燃焼だった。

もっと、がんばって!

ただ、この本はハヤカワSFシリーズとして発売され、サーバン自身はSFかというとフェティッシュな人なので幻想文学的なアプローチだったらよかったのでは?

とはいえ、悩める変態サーバンなので作品に関しての適材適所がつかめないままだったのかもしれません。

この作品が1960年代にイギリスで書かれたのに対し、同じイギリス人のイワン・ワトスンが日本のあれこれにインスピレーションを受けつつ書き上げた作品『オルガスマシン』(獣人女子が出てくる!)は1970年代なのを思うと…サーバン、生まれるのが早すぎたのと、行くところ(作品の発表の場や見に行く国)を間違えたのは…と思わずにはいられません。

 

もう少し対象読者に届きそうな形で発行された本はこちら

hikimusubi.hatenablog.com