衛生ゴアグラインド

人形を愛で、本を読み、肉を食べる

母と過ごせば2018、あるいは肉親という病

母が上京してきました。

フェルメールが8点(来年はもう1点追加…)もやってくるので、トマス・ハリスの小説が好きな母を誘ったところ、今年の上京が決まりました。

入場が時間制なので、同居しているパートナーも紹介できるよなぁ…と思い、母、私、パートナーでランチ。…しかし、会話はあまりない。母は母で緊張しているし、パートナーも元々無口。私が時々会話を振るなどして場を持たす。鍛えていてよかった、会話力。

とはいえ、長引かせてもパートナーにも母にも悪いので食べ終えて店を出てパートナーを家に帰して母娘水入らずにするなど。

単に喋ることがわからなかったのか、二人きりになったら母がよくしゃべるようになる。

「あなたのパートナーがあまりしゃべらなかった」というので「無口なんだよ」と云ったら「無口でもいいわ。意思疎通ができていれば。あなたのお父さん(母にとっては夫)はお喋りだけど、話が明後日の方向に行くから意思疎通ができない。どうしてああなるのか」と母が言う。

「…人格障害など、何らかの疾患があるんだよ」としかいえなかった。事実、我が父は大変な癇癪持ちでキチガイである。会話は人を言いくるめるものだと思っており、絶対に謝らない。俺が楽しいことは家族も楽しいと本気で思い込んでいる昭和の負の遺物である。

 

少し買い物などして、フェルメール展。時間入場制のせいか、裏の勝手口みたいなところから案内されて入場。母が「人が多いし、ゆっくりできないから音声ガイダンスはいらない」というので、さっさと見に行く。順路ではなく、空いてる絵から見ていく方式で診ていくものの、母は私以上にさっさと見ているので、大丈夫か?と思うなど。

フェルメールの作品だけを集めた部屋まで見て、滞在時間が30分あったかないかだった。フェルメール以外ではオランダやあの辺の作家の作品が中心で、当時の生活がわかる絵が多かった。私のパートナーの職業である仕立て屋の風景もあったので絵葉書を買おうと思ったらなかった。

そしてフェルメール展は関西だと「恋文」が来るのを知る。まじか。

 

時間があるので、今度は西洋美術館へ。常設にフェルメールとされている絵があるので、それを観に行こうということで前から約束していたものの、前日に私が行きつけの店主に「ルーベンス展いいよ!ルーベンス」と云われたので、ルーベンス展を観ることに。

こちらは比較的すいているので見やすい。そして大きな絵が来ている。フランダースの犬でネロとパトラッシュが召されたときの絵はないものの、それとほぼ同規模の大きい絵が来ていた。ルーベンスの肉感的な人物が描かれたあの大きな絵が薄暗い教会にあったら信仰心が培われるだろうな…という説得力があった。

常設展でフェルメールとされる絵も観て、母が疲れ切っていたので切り上げることに。

電車の時間を待つ間、お茶をしていたら、母が「あなたは18歳で家を出て行ってしまったから記憶がそこで途切れている。その後も何度も会っているのに…だから私はあなたをいつまでも18歳の扱いをしてしまう」と云われた。

 

二人歩く道で母が「あなたの彼氏はいくつなの?」と聞かれたので「私の1つ上だけど、早生まれだから学年は2つ上だよ」と返したら「大人…大人なのよね、うん」とつぶやいていたのはそういうことだったのか…と思うなど。

 

ただ、パートナーに関して、母が「いままでずっとパートナーの話をしないから、恋人がモニターから出て来てくれないのかと思った」と云ってきたのは、なんだかとても腹が立ったので、今後も頻繁に会わないようにします。

 

今日はフェルメール展でフランドル系の画家によるヨハネの斬首をみて「サロメ!」といい、ルーベンスの聖セバスティアヌスで「三島由紀夫!」と反応し、なんかもう「よかったねー」と思ったし、一々うちの母ではあるんですけど、一緒にいたとき以上に相容れない何か、そして私を18歳の女子だと思っている剥離を思うと上手くやっていく日は来ないかもしくは遠いような気がしてしまって。

 

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上野の森でやっています。

フェルメールではなく、別の作家による作品で仕立屋の仕事場の様子を描いた絵があり、帰って仕立て屋をしているパートナーに伝えたところ「あれやろ、窓辺で縫物している絵…当時は電気がないから窓辺で縫物していたんやで」と云われました。

確かに小上がりみたいなところで胡坐かいて縫物をしている絵でした。