衛生ゴアグラインド

人形を愛で、本を読み、肉を食べる

純白を願えども死『こころ』

改めてちゃんと読みました。 

こころ

こころ

 

 読了。

遺書の部分が有名ですね。こうした有名な作品は確認作業になりがちなのですが、思いのほかページが早く進みました。

人間の悪い部分の話でそれなりに普遍性があるテーマだからかな。

遺された人が不幸になる、不幸な気がしますが、後味が特別悪かったりはしない、そんな話。

この話を読んでいるときに恋人が「友人を死なせてしまってニートやっている人の話だ!」と云っていたけど、だいたいあっている…。

物事の原因は複合的なので、Kの自殺は失恋はきっかけに過ぎないような気がしていますが、友人に意地悪して死なれてしまったら、後味は大変悪いですし、思い悩んだ結果、先生が自殺してしまうというのはわかる気がします。あと戦前の人って思想に準じて死にそうだし(偏見)。

 

読書家の母が「夏目漱石は学生の時に読んだら面白くはなかったけど、大人になってから読んだら面白かった」と云っていましたが、その意味もついでにわかった気がします。

読書の面白い、面白くないは趣味嗜好にも左右されますが、人生経験というのも多少あるかと思います。

人生経験なども経て深みが出たのかな~なんて思ったりもしました。

 

 

 

 この巻で『こころ』が引用されています。

丁度、遺書の部分です。『こころ』に関してはこんなやりとりがあります。

 

「退屈で退屈でどうしようもないから他人を欲しがって

でもみんな吐きそうなくらい自分のことばっかりで

退屈はどうやっても埋まらない

だからみんな死んじゃったって思います」

「でも残された女の人はかわいそう

押しつけられた退屈しのぎの『純白』なんて鬱陶しいです」

他人をコントロールしたい欲望をもつ三郷さんの話に、美鈴先生はこう返します、

「純白を願う相手がいるのは

小さくても生きる光になったんじゃないでしょうか」

これに三郷さんは「でも死んじゃいましたよね?」と突っ込んでいたのですが、そのツッコミは高校生っぽいなと思いました。

私は女子高生の時に金子みすゞの「みんな違ってみんないい」を母親に引用されて慰められたときに「でも自殺したよね?」と返したので。

当時17歳の私が自殺した言葉と返すに至ったのは、多様性をよしとしながらも劣った存在である自分は受け入れられず、母の安易な慰めも腹が立つし、作者はみんな違ってみんないいと作品に残しながらも絶望しかなく死んでしまったんだと思うともう何もかも厭になってしまったんですよ。 ただ、改めて金子みすゞについて調べたところ晩年は夫に浮気された挙げ句、夫から性病を移されるわ、子供の親権とられるわしているので、そりゃ絶望するわ…と割と最近思い直しました。

 

脱線はしたものの、死の理由は複合的であり、先生も早かれ遅かれ死んでしまう人だったのだなと思いました。

そして「でも死んじゃいましたよね?」のツッコミの後の美鈴先生はこう返します。

「純白を願うだけでは足りなかったんでしょう

たぶん」

 

様々な解釈がある『こころ』ですが、先生の下宿時にお嬢さんによる下手な生け花も琴も愛しく思う描写があったので、恋する気持ちに偽りはなく、純白のまま保存してやりたいという気持ちもまた本意だったとは思います。

そういう遺し方もあるんですよ、たぶん。