衛生ゴアグラインド

人形を愛で、本を読み、肉を食べる

私が薄給だった頃

植民地の奴隷かな?という呟きとともに人様の手取りの額面がTwitterに流れてきたので、昔の話など。

かつて私もそんな金額で生活していたことがあるのだけど、さすがにそれだけじゃ生活に余裕がないので様々な副業に手を出して糊口をしのいでいた。

自炊はしていたし、人づきあいはさけた(そもそも友人は少ないけど)、好きだった洋服はいろいろ諦めて新作をチェックするのは避けた。

それでもなかなか貯金ができない。本当に毎日ギリギリで「安楽死代も貯まらないな」と思った。当時の私には希死念慮があった。

一度ばかり「正直、生活が苦しい」と上司に漏らしたところ「それは自己責任」と取り合ってもらえず、諦めてしまった。自信もなければ金もないので薄給でも働くしかなかった。そのうちに手取りの給与が生活保護の支給額とあまり変わらないことを知った。

毎日、仕事で(今にして思えば)ハラスメントばかり、週5日働いても本業は生活保護の支給額と大差はなく、唯一のいいところは定時で帰れるところしかなかった。終盤は定時で帰れても嬉しくなくなった。どうせ明日にはこの楽しくない仕事に戻ってこなくちゃいけない。寝る前から「家に帰りたい」と思うようになった。もう家に帰っているのに。

 

いつのころからか、月曜日が本格的にしんどくなってきた。

土曜日は副業、日曜日は恋人と過ごすことが多く、副業の達成感と恋人にちゃんと大切にされる喜びがあった。月曜日になると「なんで恋人もいて、副業では褒められて、家には好きなものを置いているのになんでこんな仕事をしなくちゃいけないんだ?」としか思えなくなってきた。

社内も問題が多かった。人に問題があった。特にオッサン上司たちは全員更年期障害なんじゃないか?と思うことがあった。

そうこうしているうちに続けていた副業の1つがいい感じに伸びた。この副業をメインにすれば生活できるんじゃないかと思い計算したところ、案外行けそうな気がしたので、思い切って薄給の本業を辞めることにした。ひとまず直属の上司に「やめます」と云ったところ、辞める手続きをとることになったが、翌日、有給で休んでいた私にかつて私の薄給を自己責任と云った上司が止めにかかってきた。

人の有給中に仕事持ち込んできているんだろ?と思ったし、薄給の私にそこまでするというのは「これが世にいう『ウケる』ってやつか。絶対にやめてやる!」と思った。

上司は話し合いがしたかったようだけれども私が「自己責任って云ったじゃないですか」って云ったらキレられたので話し合いはなくなった。やっぱり辞めて正解である。

ちなみにその後はスムーズに辞められた。

有給消化でほぼ1か月休みつつ副業から本業へ昇格させた仕事でゆるく働いていたら、手取りの給与が前の薄給の仕事の手取りを超えた…本当にあのしんどい薄給は何だったのだろうと思えども、結論は耐えるほどには損をするというぐらいか。

あと、副業は大事。

 

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すごく殺伐とした内容だったんで、内容とあまり関係ない写真

副業があったので、りーぬを身請けできたというのはあります。