人形が選ぶのか、私が選ぶのか

ローゼンメイデン0展を観てきました。

原画展+一点物のコラボドールの展示。

会場になっているパラボリカ・ビスで活躍している作家の起用や大正時代の風景写真の展示もあり、パラボリカの良さもあり安心感があってよかったです。

自分でうちの人形に服を作っているので、人形の衣装とかヘッドドレスの留め方とか本筋とはあまり関係ないところを熱心に観てしまいました。

人形関連の友達いない人間はこうして実物を観て学ぶのが大事。効率悪くても大事。むしろそういうことを楽しんでいる節すらあります。

 

話題が変わりますが、ローゼンメイデンでは人形が人間を選ぶ描写があり、同じく人形が出てくる漫画の観用少女も持ち主を選ぶ描写があります。

人形が趣味の人が「ご縁」「お迎え」などと表現しているので、人形と人形に選ばれた、縁が繋がれたというのは何か特別な意味合いがある様子。

ちなみに私はマルスリーヌを頂く約束をしたときは「この娘さんを私に下さい」といい、周囲には「身請けしました」と云ったので私主体の表現をしています。

ただ、私の人形の元ネタになったマンディアルグ「仔羊の血」を読んだときには「やっぱり私の人形だ!」とは思いました。

 

f:id:hikimusubi:20170917001438j:plain

本文とは全く関係ない写真。2016年12月撮影。

 

 

観用少女 1 (Nemuki+コミックス)

観用少女 1 (Nemuki+コミックス)

 

 人形の話、少女趣味の話でよく名前が挙がる本。

人形を所有することで人生が良い方向に進む話があって、それがとても好きだし、私もまたそういう風になってると思いたい。