人形と作家の距離

 誕生15周年・ローゼンメイデン0-ゼロ-展

 9/15~パラボリカ・ビスで展示があるとのことで読み始めました。

震災前の大正が舞台。究極の少女を目指して作られた7体の人形以前に習作があったかのような描写があるのがぐっときました。フィクションとして楽しんでいるものの、謎の人形作家という扱いをされているけど、習作は?他にも経歴とかあるんじゃないの?と思ってしまうので、こういう描写はうれしいです。

好きなことや身近で知っていることなどに対してあまり幻想を持てない私なので、これはフィクションなのだ、娯楽なのだ…と楽しむようにはしています(文章に書くとあまり楽しんでいないようですが)。

 

ローゼンメイデンを読んでいると人形作家:ローゼンと人形たちの距離感や愛情についてつい考えてしまいます。

現実世界における人形作家と人形の距離感で印象に残っているのは2つあって

「娼館のやりてババアの気持ち」

「(出来上がった人形は)早くどこかへ行ってほしいと思う」

という発言があります。それぞれ別の作家です(そしてうちの人形の作者ではないです)。

人に貰われていくことが前提になっていて、身請けする側としては私は安心しました。どちらの発言も人形を所有する、むしろもっと人形に夢があったころに聞いていますが、夢が壊れたりはせずに「そういうもんか~」と受け止めていた記憶がありました。

 

私が所有している人形の作者:中川多理さんとは展示の際に少しお話させていただく機会があるのですが、人形が買われていった先のことも楽しんでくださっている様子でありがたい限りです。

 

夜想bis ドールという身体

夜想bis ドールという身体

 

この本の中川多理さんへのインタビューで、夜想の編集長:今野さんの発言で印象に残っているものがあります。

「本当に良い作品はコレクターに持っていかれるから、人の目に全然さらされないまま見えないことになる。だからいっぱい作らないと。失敗した作品で勝負が利くぐらいの感じにしておかないと。それがプロでやるってことだと思いますよ」

 

よい作品はコレクターに持っていかれるとは良い言葉。

このインタビューから今まで6年ほど中川多理さんの人形を追いかけていますが、展示も多いですし、2年前に人形を購入してからも毎回個展を楽しみにしています。

f:id:hikimusubi:20170905234022j:plain

そして我が家の人形たち。

今年の春先に撮ったもの。

レレチカが糸巻車を弟にけしかけるのを見守るりーぬ。

萩原朔太郎「陽春」で春はゴム輪の車に乗ってやってくると書かれているのを、いつのころからか糸巻車だと思っていたことからこんな写真を撮りました。