衛生ゴアグラインド

本、人形、素体

言動がおかしいフレンズ『精神のけもの道』

今日は半分休みにして家事や読書などしておりました。

精神のけもの道 (アスペクト文庫)

精神のけもの道 (アスペクト文庫)

 

読了。

副タイトルが「つい、おかしなことをやってしまう人たちの話」なので、実際に診たおかしな人や文学作品から紹介。屋根裏に人が住んでいると主張する人は他の本で読んだ覚えはあれども、出てくる出てくる変な人…。

 

今回はニヤニヤしてて違和感のある世辞をいう人が職場の人とダブってくるなどしました。

 

hikimusubi.hatenablog.com

こちらの承認欲求の塊みたいな人にダブります。

いちいち違和感がある世辞を言ってくるのだけど、あれは本当になんなんだ?

ちなみにその人との関係ですが、会う頻度は減ったものの、会わなくちゃいけないときは高確率で厭な思いをするので、人の形をした呪いなんじゃないかと思っています。

 

そして作中に出てきたニヤニヤ笑いで違和感のある世辞を言う人はひったくりで捕まったそうです。

無価値、もしくはそれ以下『ヤギより上、猿より下』

シンプルライフ系の本を読んでいたら毒抜きされすぎた感あるので、平山夢明春日武彦の本を読んでいます。どちらも著作が多いのでしばらく楽しめそうです。

ヤギより上、猿より下

ヤギより上、猿より下

 

読了。

 短編集。表題作は売春宿に猿とヤギが娼婦として配備された結果、猿が稼ぐもその猿を巡って事件が起こる話。

虐待、DV、貧困、不衛生…相変わらずですが、不幸ながらも後味が不思議と悪くない。特に最近の作品の方が話重視になってきたようで、「婆と輪舞曲」の真相がさらっとしているあたりに、初期作品に感じた残酷描写優先じゃなくなったのを感じました。

こっちのほうが好きです。

 

されど不安は拭えず『老いへの不安』

友人がやっている治療院に行ったところ、「したくもない仕事を続けているようじゃ数か月後老ける」と云われ、「抑うつの傾向がある」とまで云われた。何をやっても癒されないどころか、未来が暗くどうにもならない。

話は前後するが、鍼灸師の友人に恋人のお母さまがうちの母と同い年ながら若かったと伝えたところ「あなたのとーちゃんのモラハラを受け続けていればそりゃ老ける」と云われる。

父はナチュラルにハラスメント体質なので、一緒にいると恥ずかしく厭な思いをするのだけど、合わせたことがない友人にそこまで云われるのはなかなかのものな気がする。

 

老いへの不安 歳を取りそこねる人たち

老いへの不安 歳を取りそこねる人たち

 

読了。 

文学作品や自信の目撃談から考える老いについて。副タイトルは「歳を取りそこねる人たち」なのだけど、いい老人のロールモデルの少なさ、見つけられなさにしんどい気持ちになるなどした。もうどうやって老いたらいいのかわからない。 吉屋信子「黄梅院様」という短編が紹介されていた。日本が戦争に負けたら自害してしまいかねない老人を蔵に閉じ込めて戦争は続いていると信じ込ませていたという小説なのだけど、東西ドイツの統一を母に知らせないようにする映画『グッバイ、レーニン!』の日本版みたいだね(もちろん吉屋信子の方が発表は先)。

面白がりつつ敬意を持つこと『圏外編集者』『非道に生きる』

 シンプルライフ系の本ばかりでしたが、ちゃんと趣味嗜好の本も読んでいました。

圏外編集者

圏外編集者

 

読了。

 

前々から思っていた「この人は面白がると同時に敬意がある」がはっきり文章になっていてよかった。ネタとして楽しむのではなく、ちゃんと敬意あってこそだよね…。 著作の裏話他、本が売れないのはつまらないからという説、自分の足で探すという矜持、アートを滅ぼすのは美大など楽しい話題が多かったです。

特に美大の話に関しては少しだけ心に肯定を得た気持ちになった。 絵を描くのが好きだった時があるので、美術系への道を夢見たことが一瞬あったのだけど、高校時代に「美大は喰っていけない」と親に突っぱねられている。

今は上手くいかない自分の人生に修正に修正を重ねてなんとか生き延びる方向でいるけど、ふと母に「私の希望に対して反対したよね?」と云ったら「今からでもやればいいでしょ」と返された。その時したかったんであって、今じゃ何も興味がない…。

 

 

非道に生きる (ideaink 〈アイデアインク〉)

非道に生きる (ideaink 〈アイデアインク〉)

 

 「アングラの趣味嗜好を持った人々をバカにしてはいけません。めちゃくちゃ辛くておいしいカレー屋さんがあったとしたら、その店にカレー好きは殺到します」と園監督が語っているのだけど、好きな事をやっていて質が良ければ人は付くっていうのと映画から感じていたアングラへの敬意あっていいな…と思ったので、思い出しました。

攻撃に至る病『なぜあの人は平気であなたを傷つけるのか』

 後半は私個人の話です。

なぜあの人は平気であなたを傷つけるのか

なぜあの人は平気であなたを傷つけるのか

 

 読了。

人間嫌いになりそうな人のための本を目指して書かれていますが、読み終えても人間が好きにはなれない本です。でも、相変わらずほの暗い満足感が得られるので好き。

サザエさん一家が家庭崩壊したら…というような文章があり、DVするマスオ、ネグレストされるタラちゃん、フネにアブノーマルセックスを強要するナミヘイといったへんてこな光景が描写されますが…もちろん本文の方が圧倒的に面白いです(そして爆笑しちゃったので私の人間性が疑われそう)。

 

序章で「どれほど注意していても嫌な奴らはわたしたちの前に登場してきます」とあり、まったくだーとなる。攻撃してくる人間からは逃げるか少し餌を与えて満足させるかのどっちかとのこと。

そして攻撃に至るものとしてアイヒマン実験の話がたやすく残酷な事をするという例に出て来た。この実験の話、久々に読んだなぁ。昔は世界まる見えとかアンビリバボーで紹介されるような話だったんですよね。

 

ここからは予告通り私個人の話。

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病まずとも『「いかがわしさ」の精神療法』『秘密と友情』

病んでいたほうがいい作品が描ける?論争があったそうで、好きな画家さんがその話をしているのをTwitterで見るなど。その方の結論は「現状に対する不満、葛藤や怒り、問題意識の有無であり病んでいるかではない」とのこと。

幸せになると作品がつまらなくなるなんて云い分は過去に何度も見てきたし、身近では我が母が「作家のエッセイは初期は面白くても金を持ち出すと途端に俗っぽくてつまらなくなる」と云っていたのを思い出しますが、怨みはパワー、憎しみはやる気というのは私個人の過去の出来事を顧みてもわからなくはないです。

 

画家からの側面で病んでいるのは重要ではないと思いますよ、という話が出たわけですが、病んでいる人を専門的に診ている精神科医春日武彦氏の本で「精神的な病気の患者が芸術の才能があった話は全くといっていいほど無い」「病んでいる歌人は多いが、病んでいる人に歌人の才能があるというケースはない」という話をしていました。

この説は今後もことあるごとに思い出していきたい所存。

 

ただ療法として何か作品作りに打ち込むというケースはあったのか、行きつけの店の店主が精神病患者の作品展に行ったことがあるという話をしてくれたことがあります。

「大きなキャンバスに黒電話がいっぱいに描かれていて、タイトルが『ピンクの電話』なんだよ!」と大変楽しそうに話してくれました。

 

「いかがわしさ」の精神療法

「いかがわしさ」の精神療法

 

先の記述はたしかこの本。 他にはだらしなさを指摘する前に語彙を豊富にしようという論考が面白かった。語彙が貧弱故に言葉で言い表せぬ事象が増え、結果、社会から見れば歪な存在となっていくという話なのですが…私は社会不適合者だけど、そこまで歪な何かにはなりたくないなぁ。

秘密と友情 (新潮文庫)

秘密と友情 (新潮文庫)

 

歌人の話が出たのでこの本も。

春日武彦穂村弘の対談集。テーマに沿って対談しているのですが、穂村弘が「ガールフレンドが出来る前に死ななくて本当に良かった」と語る「孤独」がテーマの回、春日武彦が「家族の病理は健全な順に逃げ出し結果病理性があるのが残って凝縮する」と語る「家族」の回が良かった。  

肝心の穂村さんは最近父から子へ送る本に『漂流教室』を薦めているのがネットで話題になっていました。

首を巡るお話『首切りの歴史』

 

首切りの歴史

首切りの歴史

 

読了。

 

史実、美術、事件など切断された首の話。 干し首は需要があるから作られた話から続く章が日本兵の首が戦争の土産物として人気だったという話でダメージを受ける。 昔の話とはいえ、同じ人種が酷い目にあっていた話は気がめいってしまう。

発見があったのは1944年、日本兵の頭蓋骨がお土産にされて、その首を観ながら女性が手紙を書くという写真がアメリカの雑誌に載ったところ批難が殺到したというエピソード。終戦前だからあちらでは日本人は人間扱いされているか怪しいと思っていたけど、そんなこともあったのね。

 

ちなみに日本人の頭蓋骨は主に南国の戦地ですでにお亡くなりになり肉が腐り堕ちるなど骨の状態になったものが多かったとのこと。意外と首を切って持って帰っても骨にするのには労力がいるらしく、他の章から総合すると人間の頭蓋骨を綺麗に取るのは難しい様子…また一つ無駄賢くなりました。

が、動物の頭蓋骨を採るときもちゃんと肉をはがしたり、脳みそを出さないといけないし、意外と手間がかかるので、そういうことかもしれないですね(経験談)。

 

余談

首切りの歴史の本なのでギロチンの話も出てきますが、ギロチンの製作者がチェンバロ職人と記憶していたところがピアノ職人になっていて、翻訳の関係か原文がそうなのかちょっと引っかかった。が、そんなところに引っかかるのは私か友人か熱心なイノサン読者かと思う。

 

干し首は数点しかないのに干し首博物館と呼ばれている博物館があったけど、それをいったら明治大学博物館も刑事部門が目立つので一部で拷問博物館って呼ばれている。展示の目玉があるとその事で俗称ができるだなと思うなどした。

 

…それにしても残酷な読み物を読むのに体力を要すようになりました。体力の衰えを感じずにはいられませんが、きっとどこかで私の感性が変わったんでしょうね。